2008年04月23日
みなとみらいの夕焼け
我輩は犬である。名前はQOOQOOである。
横浜、みなとみらいの夕焼け。。。

♪♪
夢でいいじゃないか 今にも夕方Hold on me
Woo ためらわないで たがいに相方Hold on you
♪♪
サザンのうたをつい口ずさんでしまう。
でも、このうたが発表された当時、
みなとみらいはなかったんだけどね。
横浜、みなとみらいの夕焼け。。。

♪♪
夢でいいじゃないか 今にも夕方Hold on me
Woo ためらわないで たがいに相方Hold on you
♪♪
サザンのうたをつい口ずさんでしまう。
でも、このうたが発表された当時、
みなとみらいはなかったんだけどね。
タグ :みなとみらい
2008年02月12日
とりあえず、城ヶ島の写真です
我輩は犬である。名前はQOOQOOである。
昨日の城ヶ島の写真をチラホラと。。。


「城ヶ島の雨」 北原白秋
雨はふるふる、城ヶ島の磯に
利休鼠の雨がふる。
雨は眞珠か、夜明の霧か、
それともわたしの忍び泣き。
舟はゆくゆく通り矢のはなを、
濡れて帆あげたぬしの舟。
ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる、
唄は船頭さんの心意氣。
雨はふるふる、日はうす曇る。
舟はゆくゆく、帆がかすむ。
「利休鼠の雨」ってなんやねん!
ということで調べてみたら、抹茶のような緑色の雨のことだとか。。。
さすが詩人は言葉づかいひとつちがうね。
まあ、我輩が訪れた日はいいお天気だったんだけどね。

昨日の城ヶ島の写真をチラホラと。。。


「城ヶ島の雨」 北原白秋
雨はふるふる、城ヶ島の磯に
利休鼠の雨がふる。
雨は眞珠か、夜明の霧か、
それともわたしの忍び泣き。
舟はゆくゆく通り矢のはなを、
濡れて帆あげたぬしの舟。
ええ、舟は櫓でやる、櫓は唄でやる、
唄は船頭さんの心意氣。
雨はふるふる、日はうす曇る。
舟はゆくゆく、帆がかすむ。
「利休鼠の雨」ってなんやねん!
ということで調べてみたら、抹茶のような緑色の雨のことだとか。。。
さすが詩人は言葉づかいひとつちがうね。
まあ、我輩が訪れた日はいいお天気だったんだけどね。

2008年02月11日
水仙の花言葉@城ヶ島
我輩は犬である。名前はQOOQOOである。
三浦半島の先っぽ、城ヶ島では
30万株の八重咲き水仙が見ごろである。


水仙の花言葉は、自己愛・気高さ・うぬぼれ・・・・・・
ギリシャ神話に出てくる美少年ナルキッソスが
水面に映った自分の容姿に見とれてしまい
そのまま花になってしまったのが水仙ということから
こうした花言葉になったとか。


あまーい香りが鼻をつくのう。。。
そう、我輩はナルシストのコーギーカーディガン。
いやいや、単にわがままなだけである。
三浦半島の先っぽ、城ヶ島では
30万株の八重咲き水仙が見ごろである。


水仙の花言葉は、自己愛・気高さ・うぬぼれ・・・・・・
ギリシャ神話に出てくる美少年ナルキッソスが
水面に映った自分の容姿に見とれてしまい
そのまま花になってしまったのが水仙ということから
こうした花言葉になったとか。


あまーい香りが鼻をつくのう。。。
そう、我輩はナルシストのコーギーカーディガン。
いやいや、単にわがままなだけである。
2008年01月14日
はじめての水族館@油壺マリンパーク
我輩は犬である。名前はQOOQOOである。
3連休の最終日
やや天気が回復したため
我輩らは油壺マリンパークへ。

ここはワンコも一緒に入れる水族館。
イルカショーや飲食店はダメだけど
たいていの場所はOKという
ワンコにやさしい水族館なのである。

はじめてみるたくさんのサカナに
興味津々の我輩。
あっ、そこの君!
とても他人とは思えないんですけど
お国はどちら?

3連休の最終日
やや天気が回復したため
我輩らは油壺マリンパークへ。

ここはワンコも一緒に入れる水族館。
イルカショーや飲食店はダメだけど
たいていの場所はOKという
ワンコにやさしい水族館なのである。
はじめてみるたくさんのサカナに
興味津々の我輩。
あっ、そこの君!
とても他人とは思えないんですけど
お国はどちら?
タグ :油壺マリンパーク
2008年01月13日
油壺のこと
我輩は犬である。名前はQOOQOOである。
油壺湾の夕景。
「あぶらつぼ」って、ちょっと変わった名前だが。。。

永正13年(1516)
このあたりに勢力をはっていた三浦一族は
北条早雲の軍勢を相手に
新井城で3年間にわたって籠城戦を行う。
しかし奮戦空しく、多くの将兵は自刃、討死、
そして、この油壺湾へ身投げをしたという。
そのため湾一面が血潮によって
あたかも油を流したようになったことから
この地は後世「油壺」といわれるようになったんだそうだ。。。

このあたりの経緯は
司馬遼太郎さんの『箱根の坂』に詳しいが
相模の名族三浦氏最後の当主三浦道寸(義同)は
北条早雲の最大のライバルであったのかもしれない。
討つ者も 討たるる者も 土器(かわらけ)よ
砕けて後は もとの塊(つちくれ)
三浦道寸の辞世である。
油壺湾の夕景。
「あぶらつぼ」って、ちょっと変わった名前だが。。。

永正13年(1516)
このあたりに勢力をはっていた三浦一族は
北条早雲の軍勢を相手に
新井城で3年間にわたって籠城戦を行う。
しかし奮戦空しく、多くの将兵は自刃、討死、
そして、この油壺湾へ身投げをしたという。
そのため湾一面が血潮によって
あたかも油を流したようになったことから
この地は後世「油壺」といわれるようになったんだそうだ。。。

このあたりの経緯は
司馬遼太郎さんの『箱根の坂』に詳しいが
相模の名族三浦氏最後の当主三浦道寸(義同)は
北条早雲の最大のライバルであったのかもしれない。
討つ者も 討たるる者も 土器(かわらけ)よ
砕けて後は もとの塊(つちくれ)
三浦道寸の辞世である。

